遥か昔、自分にとって今も忘れられない想い出がある。
とうふやさんではないのだ。自分にとってはなっとうやさん。
自転車の荷台に大きな引き出し付の木箱を積み、そこに豆腐、
菓子パン、納豆、ところてんが入っている。
藁に入った納豆でうまみが違う。
自分はまだ幼稚園から小学生の頃で、日曜日以外の毎朝きちんと同じ時間に
近所に売りに来るそのなっとうやさんは、恐らく二十代か三十代で
お兄さんなイメージ。
その頃自分は納豆が大好きで「なっとうやさんが来る日は毎日欠かさず」買っていた。
毎日。
あ、お金は勿論、親が出す。休まずに来るなっとうやさんもすごいが。
「なっとうに〜とうふ〜 ところてんになっとう〜♪」
このテーマ曲はアカペラ、勿論肉声である。(ところてんになっとう〜♪の節は速い)
これが聴こえると母親に納豆代をせがんでパジャマのままで外に飛び出す。
「なっとうください。」「今日もありがとうね」
それだけなのに何故か嬉しい。優しくて大人しい感じのお兄さんだった。
でも、いくら好きでも毎日は食べられないや。そん時は翌日に食べるし。
幼稚園の頃からだったはずなので二年間くらいか。
いつの頃からか自分は「なっとうやさんに逢う為」に納豆を毎日買い、
たとえ納豆が余っていても絶対に毎日買う、なんとも一直線なお客さんになっていた。
まごまごしていて買いそびれた時など大層な憤りようで「いやだ!絶対買う!」とか
親にあたっていたような。体調悪くて買えない時にも母親に買わせていた気がする。
なんだろな、この執着だか拘りは。
そして二年生の一学期の終わりに引っ越す事となり、ある朝なっとうやさんにその事を伝えた。
なっとうやさんは「日曜日、来るから、お礼するからね」と、約束をしてくれた。
確か、休日のはずの日曜日だった。
そしてなっとうやさんとの約束の日。
「今まで本当にありがとうね。これお礼にあげる。こんなのでごめんね。」
なっとうやさんはそう言って、パックに12個入くらいのさくら色の和菓子をくれた。
(なんか大人っぽくて自分向きの味ではなかったが)
なっとうやさんのお兄さんはきっと、親に対しての気遣いも含め、小さかった自分へ感謝を込めて
何かしたい、どの程度のものでどうするのが良いか、一生懸命に考えてくれたのだ。
あの時自分はどんな顔をし、どんな反応をしていたのだろうか。
なっとうやさんのお兄さんは手を振り、振り返り、自分はただ泣いていた。
二度と買えないなっとうやさんのお兄さんの納豆。
ほぼ二年間毎日のように習慣になっていた納豆とお兄さんとの朝。
友人達との別れよりも辛かった。
あのなっとうやさん、どうしたかな。